「千駄ケ谷駅」有名施設への利用駅

「千駄ケ谷駅」有名施設への利用駅

昔、このあたりは見渡す限りのススキだったそうです。 『新編武蔵風土記稿』には、寛永年間(1624年以降)の頃、 日々千駄のススキを刈り取ったことからこの名が起こり、 正保年間(1644)に千駄かや村と書きました。 現在の「千駄ヶ谷」と書くようになったのは1688年以降と伝えられています。 また、昔、太田道灌がこのあたりを巡見したとき、 谷間に栽培されている稲が千駄もあったので、千駄ヶ谷と名づけたとも言われます。 ※駄とは、馬1頭が背にする荷物を数える単位です。 ※千駄とは、"それほどたくさん"という意味です。

電車情報

【乗り入れ路線】JR中央・総武線
【停車列車種類】快速急行・急行・準急・区間準急・各駅
【ターミナル駅までのアクセス】東京まで16分・新宿駅まで4分
【1日平均利用者数】20,268人(2010年)

千駄ケ谷駅の歴史

藤倉電線株式会社、明治時代の藤倉電線株式会社社屋。千駄ヶ谷町にあり、電線の製造で国の内外に知られていた。

千駄ケ谷駅エリアの雑学

大京町の由来と今
古くは江戸以前、四谷から内藤新宿にかけての一帯はすすき原で、 潮の満ち干きの影響もあったことから、潮踏の里(しおふみのさと)、 あるいは潮干の里(しおほしのさと)、よつやの原(よつやのはら)などと呼ばれる人家のない荒野でした。 江戸時代に入ると、江戸城の外堀整備にあたり、影響を受けた社寺群は四谷地域に集団移転。
続きは東京おもしろ雑学『大京町の由来と今』へ


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