江戸っ子といえば、さっぱり清潔好き。江戸の町には「風呂屋」があふれ、湯気の向こうに人情と活気が広がっていました。銭湯と呼ばれるようになる以前、江戸では蒸し風呂から始まり、やがて湯船に入る「湯屋文化」が花開きます。現代東京の銭湯文化にも受け継がれる“江戸っ子の入浴事情”を、当時の風景とともにたどってみましょう。
江戸の風呂屋文化と庶民の楽しみ
湯船ではなく蒸し風呂が主流だった初期の頃
江戸時代初期、庶民が利用した風呂は「蒸し風呂」。今でいうサウナのような形で、湯気が充満する木の部屋で汗を流していました。お湯をためて全身を浸すタイプではなかったため、「風呂に入る」というより「蒸される」に近い感覚です。 とくに浅草や日本橋周辺では、寺社の近くに湯屋が併設され、参拝のあとに体を清める文化も広がりました。蒸し風呂は清潔を保つだけでなく、疲れを癒やし、人と交流する場でもあったのです。
「湯屋」の誕生と江戸中に広がる風呂文化
17世紀中頃、銭湯の原型となる「湯屋」が登場します。木桶にお湯を張る形式が普及し、次第に江戸全域に広まりました。 当時の記録によると、18世紀末には江戸市中に600軒を超える湯屋が存在したといわれています。人気を集めたのは現在の神田、日本橋、人形町、浅草あたりで、昼夜を問わず混雑する人気スポットでした。湯屋は単なる入浴施設ではなく、“江戸っ子の社交場”でもありました。
湯屋での暮らしとマナーの世界
江戸っ子の粋!風呂屋での会話と社交
湯屋は町人にとっての社交場。隣り合った客同士が自然に世間話をする「冗談文化」が根づいていました。「火事」「芝居」「新しいファッション」など、風呂屋は“情報の交差点”でもあったのです。 また、江戸の町では「湯屋通い」が健康の証とされ、仕事帰りに風呂へ立ち寄ることが日課でした。湯屋の番台(受付)では、客同士の会話が弾み、地域の絆が育まれていったといわれます。
湯屋の利用料金と日常の贅沢
江戸時代中期の湯屋の入浴料は、おおよそ八文程度(現代の小銭で数十円ほど)。安価で利用できるため、職人や商人も気軽に立ち寄れました。中には「石鹸(当時は米ぬかや灰汁)」「髪結い」「垢すり」などのサービスも提供する店があり、まるで今のスパやスーパー銭湯のよう。 人気の湯屋としては、日本橋の「於竹湯」や浅草千束の湯などが知られ、特に夏場は朝風呂文化が盛んでした。
女性と風呂屋 ― 男女混浴時代の実態
混浴が当たり前だった江戸初期
意外かもしれませんが、江戸時代初期の湯屋は男女の区別がありませんでした。湯船も洗い場も共有で、自然体の入浴が普通だったのです。これは、当時「裸=恥ずかしい」という意識がまだ希薄だったためです。 しかし、文化・文政の頃になると、混浴が風紀上の問題とされ、幕府が制限を出すように。とはいえ、実際には路地裏の小湯屋では長く混浴が続いたともいわれます。
江戸後期に進化した“分湯”スタイル
江戸後期には「男湯」「女湯」「家族湯」が設けられ、のれんで仕切る形態が増えます。このころから「お風呂でゆっくり疲れを癒す」という意識が強くなり、湯上がりに「甘酒」「ところてん」を楽しむ習慣も登場。 特に本所(現在の墨田区)や深川エリアでは、職人の町が多く、汗を流して帰宅する“粋な風呂文化”が町の風景を彩っていました。
江戸の湯屋と現代東京の銭湯文化
今に残る江戸の名残 ― 現代の老舗銭湯
江戸の湯屋文化は、現代の東京銭湯にそのまま息づいています。特に墨田区の「日の出湯」や台東区の「寿湯」などは、江戸期の名残を感じる古風な造り。 また、神田や浅草の一部の銭湯では、木桶・富士山のペンキ絵・番台のあるスタイルを保ち、「江戸の入浴文化を体験できる場所」として外国人観光客にも人気を集めています。
サウナブームと“江戸の蒸し風呂”の再評価
近年のサウナブームは、まさに江戸時代の蒸し風呂の復活といえるかもしれません。高温の蒸気で体を温め、汗を流すスタイルは本来の「風呂」の原点。 都内では浅草や両国、日本橋など、かつて湯屋が多かったエリアを中心に、伝統と現代が融合した「和サウナ」や「レトロ銭湯」が増えています。まさに“江戸の暮らしが現代に蘇る瞬間”といえるでしょう。
江戸の風呂が教えてくれる暮らしの知恵
清潔と交流を生んだ文化
江戸の入浴文化は、単なる衛生習慣にとどまらず、地域社会のつながりを強くする土台でもありました。湯屋は町の情報が行き交う「コミュニティセンター」。現代の銭湯もまた、人々が顔を合わせる貴重な「都市のオアシス」として続いています。
江戸っ子の精神、“風呂でさっぱり”の美学
風呂好きな江戸っ子たちは、湯から上がると「さっぱりした顔で明日へ」という前向きな気質を誇りました。この気風こそ、今も東京の人々に息づく“粋”の源。 江戸の入浴事情を知れば、毎日の風呂時間がちょっと豊かに感じられるかもしれません。















