江戸時代の江戸っ子が屋台ですすっていた「そば」。 上野や日本橋の町角に並んだ「二八そば」の屋台は、いわば当時の新宿や渋谷の立ち食いそばチェーンのような存在で、庶民のお腹と財布を支える江戸のファーストフードでした。
目次
江戸時代のそば一杯はいくら?
標準価格は「十六文」、江戸の定番グルメ
江戸時代のそば一杯の標準的な値段は、江戸中~後期で「十六文」とされるのが一般的です。 落語「時そば」にも登場するこの十六文は、そばの値段としてもっともよく知られた数字で、当時の江戸っ子なら誰でもイメージできる相場でした。 明和・安永年間(1764~1780年)に十六文へ値上げされて以降、物価が大きく動く幕末期までは、長くこの価格が維持されていたといわれます。
江戸時代の記録や物価研究では、そば・うどん一杯が十六文、甘酒が八文、銭湯が八~十文といった具合に、庶民の毎日の生活費の目安として並べられています。 こうした資料から、「ふらっとそば一杯」というのが、現代のコンビニおにぎりや立ち食いそばと同じ感覚で使われていたことがわかります。
安い時代も高い時代も?値段の変遷
そばの値段は常に十六文だったわけではなく、登場当初はもっと安かったとする説もあります。 例えば、寛文年間(1661~1672年)に現れた「慳貪蕎麦切り」は一杯六文だったという記録があり、そこから人気とともに値上がりし、最終的に十六文が「定番価格」になったと考えられています。
ところが、幕末の物価高騰期になると、十六文では原材料費を賄えなくなり、慶応年間(1865~1868年)には一杯二十文、さらに二十四文へと値上げされたという記録も残っています。 それでも、江戸の一般的なイメージとしては、やはり「そば一杯十六文」が強く、後世の落語や随筆でもこの価格が象徴的に語られています。
現代のお金にするといくら?
一杯いくら?換算の考え方
「十六文」と言われてもピンときませんが、研究者やマニアはそば一杯の価格を基準に、江戸時代の物価と現代の物価の橋渡しを試みています。 例えば、江戸の物価を様々な資料から整理した例では、「そば・うどん十六文=約400円」と換算した相場観が示されています。
一方で、現代の東京都区部におけるそばの平均価格(総務省の小売物価統計)をもとに、そば一杯679円を十六文に対応させると、一文あたり約42円程度になるという計算もあります。 同じ十六文でも、400円程度とみるか、700円弱とみるかで印象は変わりますが、「現代の立ち食い~街のそば屋クラスの一杯」と考えれば、感覚的にはどちらも大きくは外れていないといえるでしょう。
日銀の貨幣博物館から見る「そばと一両」
日本銀行金融研究所の貨幣博物館は、「江戸時代の一両は今のいくらか?」というテーマで、そば一杯の値段を手がかりに解説しています。 そこでは、江戸中~後期のそば一杯を十六文、公定相場として一両=六千五百文とすると、一両で約406杯のそばが食べられた計算になると示されています。
この「一両でそば400杯」という数字を現代の感覚に置き換えると、一杯500~700円として20万~30万円程度の感覚になり、「一両札一枚でかなり贅沢できる」というイメージがつかめます。 上野の貨幣博物館の展示に立って「ここで江戸のそば一杯が十六文だったのか」と想像すると、今の御徒町あたりで立ち食いそばをすする自分と、江戸っ子の距離がぐっと縮まって感じられます。
江戸のそば屋は今のどこに?
日本橋~浅草は「そば銀座」だった
江戸の町でそば屋が集中していたのは、日本橋や浅草、日本堤周辺など、商人と庶民が行き交う繁華なエリアでした。 軽く食べられて腹持ちがよく、しかも十六文前後と手ごろなそばは、「江戸のファーストフード」として寿司と並ぶ人気を誇っていたとされています。
現在の地名でイメージするなら、日本橋~人形町界隈は老舗そば店が今も多く残るエリアで、当時の雰囲気を色濃く感じられる地域です。 また、浅草周辺も今なお観光客や地元客がそばを楽しむエリアで、江戸期の「町角グルメの王様」としての面影を追体験できます。
「二八そば」の屋台は、今の新宿・渋谷の立ち食い?
江戸の夜更け、風鈴を下げた屋台が「二八そば」と書かれた行灯を掲げて街角を回り、十六文でそばを売り歩いていたという記録も残っています。 「二八そば」という名前には、「そば粉二割・小麦粉八割」という配合説と、「値段が二八=十六文だから」という代価説があり、江戸後期のそば一杯十六文という相場が、名前の由来にも結びついています。
この夜そばの屋台を、現代の東京に当てはめるなら、新宿駅周辺の立ち食いそばチェーンや、渋谷センター街のテイクアウトフード店のような存在だったといえるでしょう。 仕事帰りに一杯ひっかけたあと、ふらりと日本橋の町角で二八そばをすすって帰る江戸っ子の姿は、今のサラリーマンが新橋や神田の駅そばに寄る姿とあまり変わらないのかもしれません。
そば一杯で見える江戸の物価と暮らし
銭湯・甘酒・家賃と比べてみる
そば一杯十六文という価格は、ほかの生活費と比べるとどのあたりだったのでしょうか。先程の江戸の物価例では、甘酒一杯八文、銭湯十文、そば・うどん十六文、天ぷらそば三十二文、長屋の家賃が月五百文程度といった相場が示されています。
これを現代の感覚で読み替えると、そば十六文を約400~640円と想定し、そこから一文あたり25~40円前後と見積もることで、甘酒は200~300円、銭湯は250~400円といった水準になります。 すると、江戸の庶民にとって「そば一杯」は、ワンコイン前後で食べられるちょっとした外食、天ぷらそばならその倍以上という、ご褒美感のあるメニューだったことが見えてきます。
今の東京だと、どんな感覚?
では、現代の東京で「そば一杯十六文相当」といったとき、どのような価格帯がイメージに近いでしょうか。 東京都区部のそばの平均価格は六百七十九円程度とされており、駅構内の立ち食いそばは300~500円台、老舗の町そばや専門店では800~千数百円程度が一般的です。
江戸の屋台で十六文のかけそばをすすっていた感覚は、例えば新宿駅ホームの立ち食いそばで400~500円のかけそばをさっと食べる感覚に近いと考えられます。 一方で、天ぷらそば三十二文は、今なら千円前後の「ちょっと贅沢な一杯」に相当し、浅草や日本橋の老舗で天ぷらそばを頼むときの気分に近かったのかもしれません。
「江戸の街角」と「今の東京」をつなぐ視点
今の東京を歩くとき、ふと「ここで江戸っ子は十六文のそばをすすっていたのかな」と想像してみると、街の見え方が少し変わります。 日本橋界隈では、当時の商家が並んでいたエリアに、今はオフィスビルや百貨店が建ち並び、その足元にはランチタイムに賑わうそば屋や立ち食いチェーンが点在しています。















