井草八幡宮(いぐさはちまんぐう)

井草八幡宮(いぐさはちまんぐう)は、昔から南に善福寺川の清流を望み、中世初頭まで宿駅、交通の要衝として栄えていました。
古い地名から遅井(おそのい)八幡宮とも呼ばれて いたそうです。
旧井草村の鎮守で、区内では大宮八幡宮と並び称される古大社です。

建久年間(1190~1198年)源頼朝(みなもと-のよりとも:1147~1199年鎌倉幕府 初代将軍)が奥州藤原氏征討(文治5年:1189年)後に創建したと伝えられます。

善福寺川の源泉である善福寺池が豊富な湧水であったことから、この附近には 昔から人々が生活し、井草八幡境内地や周辺地域から縄文時代(約4000年前)の 住居跡が発見されたり、多くの土器や石器が発掘されています。

また、源頼朝が松を手植寄進したという老松「天然記念物・井草八幡の松」も ありましたが、残念な事にこの老松は昭和48年枯れてしまいました。
その樹根の一部が現在、井草八幡の回廊に飾られているそうです。
文明9年(1478年)には太田道灌が石神井城の豊島氏へ攻め入る前に、戦勝祈願 しに参拝したと伝説があるそうです。

江戸時代になると三代将軍家光は、寺社奉行井上正利をして社殿を造営して、 慶安2年に朱印領6石を寄進しています。
また、歴代将軍も代々朱印地を寄進し、江戸末期の萬延元年(1860年)まで続い たそうです。

八幡宮裏バス停の前にある大きな灯篭が北参道、青梅街道に面した大鳥居が東参道です。
祭神は応神天皇、例大祭は10月1日です。139.5952939 例大祭は「井草祭り」として3年毎に神輿渡御、5年毎に流鏑馬神事(やぶさめ) が行われています。
昭和27年に復活された流鏑馬神事は東参道の200mを馬場と して疾走する馬の上から鏑矢で的を射る行事です。