東京駅のレンガ、どこから来たの?深谷のレンガ工場が東京の玄関口を作っていた!

東京駅のレンガ

東京駅の丸の内側に広がる赤レンガの駅舎は、まるで異国の街並みのように目を引きます。しかし、このレンガは実は海外からではなく、**埼玉県深谷市で作られた国産のレンガ**だったのです。東京駅のレンガ、実はどこから持ってきたのか、その由来と、今見るべき場所までを解説します。

東京駅の赤レンガはどこから来た?

東京駅のレンガ01

丸の内口の赤レンガは深谷産

東京駅の丸の内側にそびえる赤レンガの駅舎は、日本近代建築の巨匠・辰野金吾が設計した、大正時代の東京を象徴する建築です。このレンガ、実はイギリスやオランダなどから輸入されたものではなく、**埼玉県深谷市で作られた国産レンガ**が使われています。当時の東京駅は、東京の「顔」として、赤レンガの優美さと近代性を兼ね備えた巨大な駅舎として、多くの人々の目に焼きつきました。

深谷市のレンガ工場とその歴史

東京駅のレンガは、1887年(明治20年)に深谷市で設立された、日本初の機械式レンガ工場で製造されました。この工場は、渋沢栄一など明治の実業家たちの協力で立ち上げられ、近代建築の需要に応じて大量の高品質レンガを供給しました。東京駅のような都市の象徴として、深谷産のレンガは広く使われ、現在の東京・丸の内の景観に脈々とつながっています。

東京駅のレンガ造りの特徴

東京駅のレンガ02

構造レンガと化粧レンガの違い

東京駅のレンガには、「構造レンガ」と「化粧レンガ」の2種類があります。構造レンガは建物の骨組みを支える重要な役割を持ち、内部に約833万個も使われています。一方、外壁に見える赤いレンガは、視覚的な美しさを重視した「化粧レンガ」で、約93万個積み重ねられています。

レンガの積み方とその意味

東京駅のレンガは、内部の構造レンガは「イギリス積み」(オランダ積み)と呼ばれる丈夫で経済的な方法で積み上げられ、外壁の化粧レンガは「小口積み」で整然と並べられています。この積み方は、強度と見た目のバランスを両立し、日本の近代建築の象徴として、東京駅の美しさを保ちました。



東京駅の歴史と復元工事

東京駅のレンガ03

大正時代の開業と戦災

東京駅は1914年(大正3年)12月に開業し、当初は3階建てのレンガ造りの駅舎でした。第二次世界大戦中の1945年の空襲で、3階部分と屋根が損壊し、戦後は2階建ての駅舎として復旧しました。この損傷は、東京駅の歴史を象徴する出来事となりました。

2012年の復元工事

戦後、東京駅の復元は長年の課題でした。2012年、丸の内側の赤レンガ駅舎が、当初の姿に近い形で復元されました。この復元工事では、当初と同じ深谷産のレンガを再現し、目地や細部まで忠実に再現されました。現在の東京駅は、大正時代の東京の象徴を現代に受け継ぐ、特別な建築となっています。

今見るべき場所と看点

東京駅のレンガ07

丸の内口から見る赤レンガ

東京駅の赤レンガ駅舎は、地上1階の「丸の内口」から最も美しく見えます。丸ノ内側の広場から見上げると、左右対称の赤レンガの駅舎が広がり、まるで異国の街並みのように目を引きます。八重洲側から出ると、レンガ造りの姿はほとんど見えませんので、必ず丸の内側から見るようにしましょう。

深谷市とのつながり

東京駅のレンガは、深谷市から運ばれた歴史を持つため、深谷市にもそのつながりを大切にしたスポットがあります。深谷市にあるレンガ工場跡や、レンガにまつわる資料館などでは、東京駅のレンガの由来を詳しく知ることができます。

東京駅のレンガと今

東京駅のレンガ04

現代の東京とのつながり

東京駅の赤レンガは、日本の近代建築の象徴として、今も東京の街並みを彩っています。丸の内口から見上げる赤レンガの駅舎は、東京のシンボルとして、多くの人々の記憶に刻まれています。深谷産のレンガが、東京の歴史と文化をつなぐ重要な役割を果たしているのです。

東京駅のレンガの魅力

東京駅のレンガは、その歴史的背景と美しさから、多くの人々の好奇心をそそります。深谷市から来たレンガが、東京の玄関口として、110年を超える歴史を刻み続けていることは、日本の近代建築と歴史の象徴として、特別な魅力を持っています。



東京駅のレンガ