世田谷区にある町名の由来

 地名は地形から付けたものや、その地域を開発した人物か移住元の地名を由来にしたりと色々なケースがあります。
地名の由来は意外な事から決められているケースを世田谷区の町名から幾つかご紹介させて頂きます。

世田谷区の南部にある「等々力」の由来は、等々力不動の滝の音が鳴り響く場所であったからとういうのは俗説で、等々力渓谷周辺の崖からよく地下水が噴出し崖の崩落があったらしく、その崩落の音と滝の音とでこの名がついたそ うです。
変った由来では、「用賀」があります。この地には用賀村成立当時に真福寺という寺があり、ここの山号(宗派によってお寺のある山に名前をつける)が、揄伽山(ゆうがさん)といっていたようです。
揄伽とは梵語(ぼんご)でヨガの事、そのヨガが訛って「ようが」となったそうです。

ちょっと思いつかないのは「中町」の由来で、もとは野良田という村でした。
野原を表す「野良」という土地が開墾され「野良田」とな ったそうです。
ところがこの地名が田舎くさいという意見から玉川中町とな り、昭和44年に「中町」と改称されたそうです。