千歳烏山(ちとせからすやま)

京王電気軌道(現京王線)は大正2年に開通し、烏山駅(現千歳烏山)と上高井戸 駅(現芦花公園駅)が造られました。

現在の千歳烏山駅は新宿から京王線急行で4駅、14分の位置にあります。

世田谷区の東部にあり、調布市と接しています。
賑やかな中にも静かな佇まいを見せる街、千歳烏山は、駅を出て北へ歩いて行 くと、小京都と呼ばれる風情たっぷりの寺町が見えてきます。

以前にもご紹介致しましたが、北烏山4丁目・5丁目を中心に26ものお寺がこの一帯に集まっているのは、関東大震災の時、東京の下町で焼けてしまった寺院が 集団移転してきたものです。
ここから千歳烏山の隆盛ぶりが始まったようです。

この千歳烏山は、今からおよそ18,000年前から人々が定住をはじめていたと言われています。
先人たちはその生活の残り香を、烏山中学校遺跡や烏山南原遺跡を通して、現在の私たちに伝えています。

この「烏山」の地名の由来は、今の烏山神社あたりに烏山と呼ばれる人の館が あったとか、この辺りの土地がまるでカラスのように乾いた黒い土であった からとか、大昔に大きな森林がありそこを多数のカラスが寝床にしていたからと諸説がありますが、定かではありません。

江戸時代に入り、東の高井戸宿と西の調布宿の中間の位置の「間(あい)の宿」 として、村の南を東西にはしる甲州街道を中心に人々が集まってきました。
当時は砂利道であったこの甲州街道を
「諏訪家・高島藩:27000石(長野県諏訪市高島)」
「内藤家・高遠藩:33000石(長野県上伊那郡高遠町東高遠)」
「堀家 ・飯田藩:20000石(長野県飯田市追手町)」
等の大名行列が行き交い、京都から新茶を将軍に献上するお茶壷道中などが 往来しました。