本所は荘園の証

本所(ほんじょ)は、元々日本荘園制の荘園領主である「本家」や「領家」のうち、荘園の実効支配権を有した者を称する称号でした。
荘園の運営に当たって独自の裁判権を行使するようになり、そのため「本所法」と呼ばれる独立した法体系が形成され、荘園で紛争が生じたときはこの「本所法による刑罰」で裁かれたといいます。
本所が支配した土地のことを「本所」と称することもあり、日本各地の本所地名の由来となっています。
逆にこの名前から「本所」と呼ばれるところは、中世には荘園だったと言う事が分かります。

さて、本所と言う地名が一番耳になじんでいるのは「東京都墨田区本所」ではないでしょうか? この地区と周辺は、江戸時代になると深川と並んで、拡大する大都市江戸の新興住宅地域の一角となっていました。
本所の宅地化が進んだのは元禄年間(1688年~1703年頃)の事といわれています。

この頃住んでいた有名人は吉良義央(官名「上野介」(こうずけのすけ)。
赤穂浪士の討ち入りは、元禄15年12月14日(西暦1703年1月30日)のことでした。
他にも、絵師・葛飾北斎や幕末の雄・勝海舟なども「本所生まれ」でした。

明治に入り、この地区を中心とする区の名前に「本所」が採用され「本所区」が誕生しました。
この本所区は昭和22年(1947年)に向島区と合併することになり、現在の墨田区が形成されました。