新しい年の始まりに、神様へご挨拶に行く「初詣」。日本人にとって欠かせない正月の行事ですが、実はこの習慣、江戸時代には存在しなかったことをご存知でしょうか? かつての江戸っ子たちが楽しみにしていたのは、現代とは少し違う「恵方参り」でした。今回は、意外と新しい初詣の歴史と、江戸の情緒あふれる正月の過ごし方についてご紹介します。こいつぁ春から縁起が良い、東京の歴史散歩へ出かけましょう。
目次
初詣の歴史は意外と浅い?明治生まれの新しい習慣
江戸時代には「初詣」という言葉はなかった
現代では当たり前の「初詣」ですが、実はこの言葉が一般化したのは明治時代中期以降と言われています。それまでの江戸時代において、元旦の過ごし方は「年籠り(としごもり)」や、地元の氏神様への挨拶が中心でした。遠くの有名な寺社へ出かける現代のようなスタイルは、実は文明開化の音とともにやってきた新しい文化なのです。
年末にお参りしようと思い、京都高台寺の参道に🍁
『初詣』じゃなくて、年末にお参りするのは全然おかしくないようで、『初詣』がお正月の習慣として定着したのは、沿線に鶴岡八幡宮、川崎大師など有名な神社仏閣がある鉄道会社が、年末年始の集客キャンペーンとして宣伝したのがはじまりなんだとか⛩ pic.twitter.com/VC7HFAE114
— Taiyo@Cinematographer (@another_sky0428) December 31, 2019
鉄道会社が仕掛けた?「初詣」ブームの裏側
では、なぜ現在のような初詣が定着したのでしょうか。有力な説の一つに「鉄道会社のキャンペーン」があります。明治になり鉄道が開通すると、鉄道会社は「正月は電車に乗って、縁起の良い方角の有名寺社へ行こう」と宣伝を始めました。これが大ヒットし、川崎大師や成田山新勝寺への参拝がブームに。つまり、初詣はレジャーとしての側面を持って広まったのです。
江戸っ子の正月は「恵方参り」が主流
その年の縁起の良い方角へ!恵方参りとは
初詣が定着する前、江戸っ子たちが熱心に行っていたのが「恵方参り」です。これは、その年の歳徳神(としとくじん)がいる方角(恵方)にある社寺を参拝する風習。自宅から見て恵方にあるお寺や神社へ出向き、その年の幸福を願いました。現代でも節分の「恵方巻」にその名残がありますが、かつては正月こそが恵方を意識する最大のイベントだったのです。
お江戸の生活を覗き見隊☆当時、元日の最重要行事は初日の出を拝むこと!ビカーッと朝日を浴びる芸者の足元にもよくみると群衆が。そのままその年の恵方にあたる寺社におまいりにいったのが恵方参り。今年の恵方は東北東です☆@edonosusume pic.twitter.com/UCeLZuwv8r
— 堀口茉純 (@Hoollii) January 1, 2014
江戸の正月は「寝正月」が粋だった?
恵方参り以外の時間はどう過ごしていたかといえば、意外にも「寝正月」が基本でした。江戸の商人は大晦日まで大忙しで働き、元旦だけは唯一、堂々と休める日。店も閉まり、町全体が静寂に包まれる中、家でのんびりと過ごすのが当時の「粋」な正月のスタイルだったようです。忙しない現代人からすると、少し羨ましい文化かもしれません。
東京で感じる江戸の正月!おすすめスポット
今も残る「江戸の七福神めぐり」
恵方参りの文化とともに、江戸時代から庶民に愛されたのが「七福神めぐり」です。特に「谷中七福神」は江戸最古の七福神と言われ、当時の風情を今に残しています。初詣でただお参りするだけでなく、江戸っ子の気分で地図を片手に、福を求めて寺社を巡ってみてはいかがでしょうか。運動不足の解消にもなり、一石二鳥です。
年の初めに行うと良いとされるのが #七福神 めぐり。七福神を祀る各社寺を巡礼し開運を祈る #七福神詣で は江戸時代に盛んになった風習です。
ご紹介するのは、七福神が肩を寄せ合い馬車に乗るユニークな作品。馬を操るのは毘沙門天です。富士山も描かれ、おめでたい雰囲気が満載ですね。#ndldigital pic.twitter.com/Dsd5OGVCFt— JAPAN SEARCH(公式) (@jpsearch_go) January 5, 2023
お正月こそ、地元の氏神様へ
遠くの有名スポットへ行くのも楽しいですが、江戸の精神にならって、まずは自分の住む土地を守る「氏神様」へ手を合わせるのも乙なものです。混雑を避け、静かな境内で手を合わせれば、心も洗われるはず。今年の正月は、江戸の歴史に想いを馳せながら、少し違った視点で参拝を楽しんでみてください。
















