東京にもあった宮澤賢治ゆかりの地

岩手県の文豪、宮澤賢治(1896~1933年)をご存知の方は多いと思います。宮澤賢治が活躍した場所は東北の岩手県が中心でしたが、実は東京にも何度か 商用で足を運んだそうです。
東京の神保町に来て泊まったのは、昭和6(1931年)年9月20日。賢治最後の上京でした。

この時東北砕石工場の技師だった賢治は、石灰の売り込みのために東京に来ました。

上野から円タク(「一円タクシー」の略、大正末期から昭和初期にかけて、一円均一で市内特定地域を走ったタクシー。
メーター制になってからも、しばらく流しのタクシーの意味で使われた)を使って、南甲賀町12(現在の神田駿河台1丁目辺り)の旅人宿 「八幡館」に泊まりました。
しかしその夜、発熱。 翌日から寝たきりになってしまいました。
賢治は既に不治の病「結核」にかかっていたそうです。
病状は甚だしく悪く、賢治は父母や弟妹たちに遺書まで書いたそうです。

この時の病は幸いに良くなりましたが、ちょうど1年後の9月21日、帰らぬ人となりました。

「八幡館」は、今のカザルスホール(神田駿河台1-6)の横あたりです。