幡ヶ谷の由来と今

古く平安時代までさかのぼります。
永保2年(1082年)、八幡太郎源義家が「後三年の役(1083~1087)」に出征途中、小笠原窪付近の池で兵馬を休ませ軍旗の白旗を洗ってかたわらの松の木に干したという「旗洗池伝説」に由来すると伝えられています。
池は神田川に注ぐ自然湧水で60平方メートルほどの大きさでした。
昭和38年(1963年)に埋め立てられ、現在は高知新聞社員寮 「洗旗荘」 になっています。
またその白旗は金王八幡宮の社宝として祀られているそうです。

(幡ヶ谷の歴史)
・江戸期に「幡ヶ谷村」として確立
・明治22年に代々幡村の「大字」となる
 注(大字:おおあざとは町村内の区画の一。小字(こあざ)を含む比較的広い地域。
 町村内の区画の一。 小字(こあざ)を含む比較的広い地域)
・昭和35年住居表示により現在の町域となりました。

現在は 隣の笹塚商店街とあわせて形成される「ささはた商店街」は、700を超える店舗が軒を連ね賑わっています。
「ないものはない」と自慢するほど充実した品揃えと、庶民的な雰囲気が特徴です。

幡ヶ谷

幡ヶ谷

幡ヶ谷商店街

幡ヶ谷商店街