駒沢オリンピック公園<東京ゴルフ倶楽部>

駒沢オリンピック公園は、昭和39年(1964年)に行われた東京オリンピック 第2会場として誕生しました。

この地の歴史は古く、大正2年(1913年)「東京ゴルフ会」が組織され、それを 母体にした「東京ゴルフ倶楽部」の設立から始まります。
当時関東には、唯一、在日外国人むけに、根岸にゴルフコースあるだけで、日本人がのびのびプレー出来るゴルフ場が切望されていました。

大正3年(1914年)1月、通称大切山(でんぎりやま) と呼ばれたこの地に、純国産ゴルフ場を造るべく、手作業による工事が始まり、同年5月24日に6ホール (その後9ホールとなる)が完成し、仮オープンに至りました。

英国でゴルフを覚えたメンバーはひどいコースだと怒りましたが、欧米の ゴルフ場を全く知らないメンバーはこの“ひどい”フェアーウェーこそが ゴルフ場の姿だと思い、ゴルフに励んだそうです。

その後、東京の土地借地料がどんどん値上がりしていく関係で、昭和7年(1932年) 、埼玉県・膝折村に移転しました。当時、ゴルフ場が「ヒザオリ」ではいかんと言う話になり、「朝霞」と改名したそうです。 (現在は狭山に移転)
昭和15年(1940年)東京市やスポーツ関係者の熱意が受け入れられ、国際オリンピック委員会(IOC)が承認して東京で開催される予定だった 東京オリンピック大会は、日中戦争の長期化によって止むなく開催返上に 追い込まれてしまいました。

このため"幻の東京オリンピック"と呼ばれましたが、この大会のメイン会場は 、駒沢ゴルフ場跡地を予定していました。
常設スタンド62,000人、仮設スタンド48,000人、合計110,000人を収容する 世界最大級の競技場と、水泳競技場、選手村の建設を決定していました。
この観客の輸送計画も準備され、地下鉄(現・銀座線)を延長して都心から駒沢 まで乗換なしの電車運転も検討されています。 銀座線の渋谷駅が3階にあるのは窪地の渋谷駅からそのまま地上を走って駒沢に行く為だったとも言われています。
メーンスタジアムは昭和12年10月に起工し、大会2ヶ月前の昭和15年7月竣工の 予定でした。
その後、昭和28年(1953年)9月東京急行電鉄が駒澤野球場を建設し東京都に 寄付します。
そして、「駒沢の暴れん坊」の異名をとった東映フライヤーズが駒澤野球場を本拠地として活躍しますが、昭和37年(1962年)から明治神宮野球場を本拠地と することになり野球場は閉鎖されてしまいます。

一帯はオリンピック開催を契機に公園整備事業を行いその中に各種競技施設を設ける形になりました。

オリンピックでは、サッカー・バレーボール・ホッケー・レスリングの四種の 競技会場となり、現在では総面積413,000㎡の中に陸上競技場やテニスコート など12の体育施設があり、総面積の約30%を緑地が占め、散策にも最適で 春は桜、秋は紅葉が見事です。

駒沢オリンピック公園総合運動場
【住所】世田谷区駒沢公園1-1
【交通】  東急田園都市線駒沢大学駅下車、徒歩15分