江戸の公務員住宅

外堀通りの市ヶ谷、神楽坂周辺を武蔵野台地側に登っていくと、そこには江戸幕府お役人住宅が町名に繁栄され、江戸の様子を今に伝えています。
当時は職業別に住むようになっており、その内容が窺い知れます。
そのいくつかをご紹介しましょう。

納戸町(なんどまち)
将軍家の金銀、衣類、調度品などを管理する御納戸同心屋敷がありました。

払方町(はらいかたまち)
将軍の財産の中から大名・旗本へ褒美として下賜される物の出納係、払方同心屋敷がありました。

細工町
(さいくまち)
江戸城の建物や道具の修理に携わっていた御細工同心屋敷がありました。

北町・中町・南町
かつては、北御徒町(きたおかちまち)・中御徒町のように「御徒」を付けて呼ばれた御徒組同心屋敷がありました。
御徒組の役目は、将軍外出の際、徒歩で先駆を務め沿道警備などに当たりました。

箪笥町(たんすまち)
箪笥町は、鉄炮箪笥奉行、鉄炮丸薬奉行、具足奉行、弓矢槍奉行配下の同心が住んでました。
仕事は、鉄砲、弾薬、鎧、冑、胴丸といった火器、防具の管理や、弓矢・槍の管理をしていました。
これらの武器、武具は箪笥に入れて管理し、その道具総てを箪笥と呼んだようです。

二十騎町(にじゅうきまち)
幕府の御手先組の屋敷地となり、10騎編成の与力2組が住んでいました。

今では町名の前に「御」は付けませんが、幕府関連の町には殆んど「御」が付いていたようです。