月島 -もんじゃの街-

月島は明治中期、隅田川河口の中州を埋め立てた「東京湾埋立1号地」として誕生した町でした。
その後、三軒長屋が密集し、路地裏の駄菓子屋が賑わういかにも下町らしい街並みに発展しました。
かつては都バスやタクシーが主要の交通手段で、終バスがなくなると一気に交通は途絶え、月島方面へのタクシーが1時間待ってもつかまらない等、正に陸の孤島になってしまうほど利便性の乏しい地域だったとききます。

ところが、昭和63年(1988年)転機が訪れました。
東京メトロ有楽町線が開通したことにより一気に活路が開ける事になったのです。
その違いは驚くばかり。
銀座まで3分、有楽町まで4分、六本木や東京ディズニーランドまで15分という、これまでが嘘のような環境を得ることになりました。

現在、月島といえば「もんじゃの街」を連想しますが、そうなった理由がここにありました。
もんじゃは昔、東京・下町の駄菓子屋で子供のおやつとして食べられていました。
しかし、街の開発が進むと共に人も入れ替わり、駄菓子屋が次々に消えてしまいました。
そんな中にあって、交通の不便さが逆に幸いし、月島には古い町並みと共に人々が残りました。
「もんじゃ」は味付けや変わり種などのトッピングが工夫され、何時しか大人の食べ物として発展していたのでした。

交通の拡大と共にうわさがひろまり、1980年代後半に「もんじゃブーム」が巻き起こると、他の商店からもんじゃ屋にくら替えする店もあって店舗数は一気に増え、「もんじゃ」専門店は70件を越えるようになりました。
東京都中央区月島の「西仲通り商店街」は、主に観光客によって「もんじゃ焼きの街」の 「もんじゃストリート」と呼ばれ賑わうようになりました。

今では日本全国どころか、海外からも「もんじゃ」を食べに訪れる観光客が増えているそうです。
「いちごみるくもんじゃ」など新しいもんじゃが発売され人気があるとか。
これからもお互いに競争しながら美味しいもんじゃの開発が続きそうです。