鉄砲組百人隊と皆中稲荷神社

鉄砲組百人隊の屋敷があったことから名づけられた新宿区百人町。
つつじの名所としても知られる皆中稲荷神社(かいちゅういなりじんじゃ)は百人町1丁目にあります。

江戸時代、このあたりは農村地帯でした。
当時、この地域の武家屋敷では植木の栽培が盛んでしたが、鉄砲組百人隊の同心たちも、副業としてつつじを栽培していたそうです。
実は両者が絡む、こんな言い伝えがあります。

ある日、鉄砲百人組の与力の夢枕に稲荷大神が立ちました。
気になった与力は、翌朝神社に祈願することに…。
すると、その日の訓練で鉄砲の弾が的に百発百中だったといいます。
ことの顛末を聞いた他の隊員もこぞって参拝して祈願すると、驚く事に悉く的中したと云うのです。
それ以後、鉄砲組の間では皆中(=みなあたる)稲荷神社(=みなあたる)と呼ぶようになったということです。
これが百人鉄砲隊の面々が「皆中(みなあたる)」「百発百中」を祈願した神社といわれる由縁です。

この話が巷に知れ渡ると次第に射撃のみではなく他の願い事も叶えて貰おうと、一般の参詣者数も増え、ついには庶民の間でも皆中(みなあたる)稲荷神社と崇敬されるようになったと伝えられています。
現在はよく当たるということで、「ギャンブルの神様」として親しまれています。

江戸時代に行われていた「鉄砲組百人隊出陣の儀」と呼ばれる儀式は、幕末から中止されてしまいました。
昭和36年(1962年)年、記念行事として皆中稲荷神社で「鉄砲組百人隊」出陣の儀と模範試射が行われ、それをきっかけとし、隔年9月に、火薬を使った鉄砲の試射を行う迫力満点の行事が行われるようになりました。
現在は新宿区の文化財として、まちの誇りの行事になっています。