東京は近代的な都市ですが、その足元には「江戸の地形」がそのまま残っています。実は江戸の町づくりは、地形と災害の歴史と深く結びついていました。洪水、火災、地震――江戸は何度も大きな災害に見舞われながら、そのたびに町の構造を変え、強い都市へと進化していったのです。今の東京の坂や川、そして街の配置には、江戸の人々が災害と戦いながら築いた知恵が隠されています。
目次
江戸は「災害だらけの土地」だった
実は低地だらけだった江戸の町
現在の東京は高層ビルが立ち並ぶ大都市ですが、江戸時代の地形を見ると、実は非常に災害に弱い土地でした。
江戸城(現在の皇居)の周囲は台地ですが、そこから東側へ行くと広大な低地が広がっています。現在の日本橋、京橋、銀座、浅草、深川、両国といったエリアは、もともと海や湿地だった場所です。
特に隅田川の東側、現在の江東区・墨田区の一帯は低湿地帯で、洪水が起こると簡単に水没する地域でした。
つまり江戸は、
西:武蔵野台地(高い)
東:低湿地(低い)
つまり「片側だけ安全」という特殊な地形だったのです。
そのため武士は安全な台地側に住み、町人は低地に住むという都市構造が生まれました。
今でも「山手線の内側は台地が多く、下町は低地」という構造が残っており、江戸の地形がそのまま東京の都市構造になっているのです。
洪水を防ぐために川の流れを変えた
江戸の最大の災害の一つが「洪水」でした。
現在の荒川や利根川は、江戸時代以前には今とは全く違う場所を流れていたことをご存じでしょうか。
もともと利根川は、現在の東京湾に流れ込む川でした。つまり江戸のすぐ近くを流れていたのです。
もしそのままだったら、江戸は毎年洪水に襲われる都市になっていたでしょう。
そこで徳川家康は巨大な治水事業を行います。これが有名な「利根川東遷(とねがわとうせん)」です。
利根川の流れを東へ変え、現在の茨城県銚子市付近で太平洋に流すようにしたのです。
これは日本史上最大級の土木工事とも言われ、結果として江戸は洪水リスクを大きく減らすことができました。
現在の関東平野の川の配置は、この江戸時代の大工事によって作られたものなのです。
江戸の町は「火災」に弱い構造だった
江戸は「火事と喧嘩は江戸の華」だった
江戸といえば有名な言葉があります。
「火事と喧嘩は江戸の華」
これは江戸の町で火事が頻繁に起きていたことを表しています。
理由は単純で、町の建物のほとんどが木造だったからです。
さらに江戸は、
・家が密集
・冬は乾燥
・強い北西風
という条件が揃っていました。
そのため一度火事が起きると、町全体が焼けてしまう「大火」になりやすかったのです。
代表的なものが1657年の「明暦の大火」です。
この火事では江戸の町の約6割が焼失し、10万人以上が死亡したとも言われています。
これは日本史上でも最大級の都市火災でした。
火事のあとに生まれた「江戸の防災都市計画」
しかし江戸の町は、この大火のあと大きく変わります。
幕府は火災対策として、都市構造を大胆に作り替えました。
代表的な対策が次の3つです。
① 火除地(ひよけち)を作る
現在の上野公園、浅草寺周辺、両国広小路などには、広い空き地が作られました。
これは火事が広がるのを止める「防火帯」の役割を持っていました。
② 大名屋敷を郊外へ移す
火事のあと、大名屋敷は江戸城周辺から少し離れた場所へ移されました。
③ 橋を増やす
隅田川には多くの橋が架けられ、避難しやすい町になりました。
有名な両国橋も、この防災都市計画の一環で整備されたものです。
江戸は火事をきっかけに「計画都市」として進化したのです。
実は今の東京も「江戸の地形」に左右されている
なぜ東京には坂が多いのか
東京を歩いていると、驚くほど坂が多いことに気づきます。
例えば
・神楽坂
・麻布十番周辺
・赤坂
・六本木
これらはすべて武蔵野台地の端にある坂です。
台地と低地の境目は「崖線」と呼ばれ、そこに多くの坂道が作られました。
江戸時代、武士の屋敷は台地の上に置かれ、町人は坂の下の低地に住んでいました。
つまり東京の坂は、江戸の身分制度と地形が作ったものなのです。
今でも高級住宅地は台地側に多い傾向があり、地形の影響は現代にも残っています。
東京の水害マップを見ると江戸の地形がわかる
実は現代のハザードマップを見ると、江戸の地形がはっきりわかります。
洪水リスクが高い場所は、ほぼすべて江戸時代の低地なのです。
例えば
・江東区
・墨田区
・台東区東部
・中央区
これらの地域は、海や湿地を埋め立てて作られた場所でした。
そのため現在でも洪水対策として、
・スーパー堤防
・水門
・地下調節池
などの巨大な防災施設が整備されています。
つまり東京は、江戸時代から続く「地形との戦い」を今も続けている都市なのです。
普段歩いている街も、実は江戸の災害史の上に成り立っています。
東京の坂や川、そして街の形を少し意識して歩いてみると、江戸の町の姿が浮かび上がってくるかもしれません。















