冷やかしの語源と吉原

買い物もしないで店先を覗くだけのことや店に入っても買わずに見るだけの事 を「冷やかし」といいますが、この言葉が出来たのは江戸時代の吉原遊郭に始まります。

吉原の開業は元和三年三月(1617年)、すでに公許の遊郭があった京や大坂、駿河などに習い、江戸中に散らばっていた私娼が一か所に集められました。
日本橋葺屋町にあった湿地(今の日本橋・人形町界隈)2丁四方(1丁=約109m、約220m四方)が割り振られ、昼間だけという条件で翌年十一月から営業が開始されました。

江戸唯一の公認の遊里になります。

その後、明暦二年(1656年)新吉原(現在の浅草・千束)に移転になりますが、 そこから程近い隅田川で紙を漉いていた職人たち(染物職人とする説もあります)が原料を 水につけている間は暇だったことから、遊郭に行って遊女を見て回りできた言葉だと言われています。
原料を冷やしている時間は遊女と遊ぶだけの時間もなく、ただ見て回るだけだった訳で、 そうとは知らない遊女が声を掛けると、俗に言う「やり手婆」が 「冷かしてんだよ」と原料を冷やしていることを遊女に教えたそうです。

そんな事から、買いもしなくて覗くだけのことを「冷やかし」と言うようになったそうです。