江戸時代の人々は、実はかなりの“旅好き”だったことをご存じでしょうか。
「江戸時代の旅」と聞くと、武士が参勤交代で長い道のりを歩く姿を想像するかもしれません。ところが、旅を楽しんでいたのは武士だけではありません。庶民たちも、寺社参りや名所めぐり、温泉、食べ歩きのような感覚で、全国各地へ出かけていたのです。
目次
江戸時代の人は旅が大好き!日本史上初の旅行ブームとは?
平和な時代が、庶民の旅を後押しした
江戸時代は、約260年にわたって大きな戦乱のない平和な時代が続きました。いわゆる「泰平の世」です。
社会が安定し、街道や宿場が整備されると、人々の暮らしにも少しずつ余裕が生まれます。すると、「一生に一度は遠くへ行ってみたい」「有名なお寺や神社を訪ねたい」「見たことのない景色を見たい」という気持ちが、庶民の間にも広がっていきました。
もちろん、今のように自由気ままに旅行できたわけではありません。関所を通るには手形が必要な場合もあり、旅には時間もお金もかかりました。それでも、江戸時代の人々は工夫しながら旅に出ました。
つまり江戸時代の旅は、単なる移動ではなく、人生の一大イベント。今でいう「念願の旅行」「一生ものの思い出づくり」に近いものだったのです。
江戸版ガイドブック「道中記」が大ヒット
江戸時代の旅行ブームを支えたもののひとつが、「道中記」と呼ばれる旅の案内書です。
道中記には、街道のルート、宿場町の名前、名所旧跡、名物、宿泊場所、距離の目安などが書かれていました。いわば、江戸時代版の旅行ガイドブックです。
現代ならスマートフォンで地図を見たり、口コミサイトでお店を調べたりできますが、江戸時代の旅人にとって道中記は頼れる相棒。初めての土地へ行くときには、かなり心強い存在だったはずです。
さらに宿場町では、旅籠と呼ばれる宿、食事処、茶屋、馬や駕籠の手配なども整っていました。旅人が増えれば、宿場町もにぎわいます。お土産を売る店、名物料理を出す店、道案内をする人も現れ、まさに“観光地”として発展していきました。
江戸時代の人々は、今の私たちと同じように「どこに泊まろう」「何を食べよう」「どの名所を見よう」とワクワクしながら旅をしていたのです。
半年で数百万人が移動?江戸最大級の旅ブーム「お伊勢参り」
「一生に一度は伊勢へ」が庶民の夢だった
江戸時代の旅行ブームを語るうえで欠かせないのが「お伊勢参り」です。
伊勢神宮へお参りする旅は、江戸時代の庶民にとって特別な憧れでした。「一生に一度はお伊勢さんへ」と言われるほど、多くの人が伊勢を目指したのです。
なかでも大きな盛り上がりを見せたのが「おかげ参り」と呼ばれる集団参拝です。時期によっては、半年ほどの間に約460万人もの人が伊勢を訪れたともいわれています。当時の人口を考えると、これは驚くべき規模です。
現代でいえば、全国各地から一斉に人々がひとつの観光地へ向かうようなもの。しかも移動手段は主に徒歩です。考えただけでも、その熱気のすごさが伝わってきます。
仕事を抜け出してでも行きたい「抜け参り」
お伊勢参りのなかには、「抜け参り」と呼ばれるものもありました。
これは、奉公人や若者などが、主人や家族に十分な許可を取らずに旅立ってしまうことを指します。今の感覚でいえば、かなり大胆な行動です。
ただ、お伊勢参りは信仰の旅でもあったため、戻ってきたあとに大目に見られることもあったといわれています。それほどまでに、伊勢へ行くことは特別な意味を持っていました。
とはいえ、旅の目的は信仰だけではありません。道中には名所があり、茶屋があり、名物料理があり、見知らぬ土地の景色がありました。お参りを口実にしながら、旅そのものを楽しみにしていた人も多かったはずです。
江戸時代の人にとって、お伊勢参りは「神聖な旅」であると同時に、「人生最大のレジャー」でもあったのです。
1日40km歩くことも!江戸時代の旅はかなりハード
東京から伊勢まで、徒歩で何日もかかる大移動
現代なら、東京から伊勢方面へ行くのに新幹線や電車を使えば、その日のうちに到着できます。
しかし江戸時代は違います。基本は徒歩。江戸から伊勢まで向かうとなれば、何日もかけて歩き続ける必要がありました。
旅人のなかには、1日に30kmから40kmほど歩く人もいたといわれています。40kmといえば、ほぼフルマラソンに近い距離です。それを草鞋で歩くのですから、現代人から見るとかなり過酷です。
それでも、人々は旅に出ました。なぜなら、その先には普段の暮らしでは見られない景色や、人との出会い、土地ごとの名物が待っていたからです。
馬や駕籠は、江戸時代の“移動オプション”
もちろん、すべての道のりを歩くだけではありません。お金に余裕がある人や、足場の悪い場所では、馬や駕籠を利用することもありました。
馬に乗れば移動は楽になりますし、馬子と呼ばれる案内役が道中の名所や土地の話をしてくれることもありました。これは、今でいう観光ガイド付きの移動サービスのようなものです。
駕籠は人が担ぐ乗り物で、山道や急な坂道などで利用されることもありました。ただし、馬や駕籠は決して安いものではありません。庶民にとっては、ここぞという場面で使う“ちょっと贅沢な移動手段”だったのです。
徒歩、馬、駕籠を組み合わせながら、旅人たちは目的地を目指しました。江戸時代の旅は体力勝負でありながら、工夫次第で楽しみ方が広がるものでもありました。
江戸時代の旅行費用はどのくらい?庶民の財布事情
1日の旅費は、今の感覚で数千円ほど
江戸時代の旅には、どのくらいのお金がかかったのでしょうか。
19世紀半ばごろの例で、旅籠代が1泊200文ほど、昼食代が70〜80文ほどだったといわれています。つまり、宿に泊まって簡単な食事をするだけでも、1日に300文前後は必要でした。
時期によりますが、そば1杯が16文ほどだったとされるので、300文というとそば約18杯分。
庶民が徒歩で旅をし、質素な旅籠に泊まる場合、1日の旅費は現在の感覚で数千円ほどでしょうか。
食事は、ご飯、味噌汁、漬物のような簡素なものが中心。宿も今のホテルのような個室ではなく、相部屋や雑魚寝に近い形が一般的でした。
つまり、豪華な旅行というよりは、かなり節約しながらの長旅です。それでも、旅先で食べる名物や、街道沿いの茶屋でのひと休みは、何よりの楽しみだったことでしょう。
お伊勢参りは、人生をかけた大きな出費
江戸から伊勢まで往復するとなれば、旅は長期間になります。宿泊費、食費、その他を合わせると、かなり大きな出費になりました。
江戸周辺から伊勢神宮までは、おおよそ15泊ほどの行程だったとされています。1日の最低経費を300文とすると、片道だけで必要なお金は約4,500文です。
1両は約4,000文だったので、片道だけで約1両と500文ほどかかったことになります。
往復すれば、単純計算で約9,000文。約2両1分ほどに相当します。
ここに、お賽銭、お土産代、馬や駕籠の利用料、途中の名所めぐり、ちょっとした食べ歩きなどが加わります。そう考えると、お伊勢参りは庶民にとってかなり大きな出費でした。
現代の感覚でいえば、数十万円規模の旅行に近いとも考えられます。庶民にとっては、気軽に何度も行けるものではありません。
そこで活躍したのが「講」と呼ばれる仕組みです。講とは、地域や仲間内でお金を出し合い、代表者が順番にお参りへ行くような共同の仕組みです。
みんなで少しずつ費用を負担し、誰かが代表して伊勢へ行く。旅から戻った人は、お札やお土産、旅の話を持ち帰ります。旅の体験は、行った本人だけでなく、地域の人々にとっても楽しみだったのです。
今でいう旅行積立や団体旅行のような感覚に近いかもしれません。
今の東京にも残る、江戸の旅の名残
品川は、東海道最初の宿場町だった
江戸時代の旅と深く関わる場所は、今の東京にも残っています。
その代表が品川です。品川宿は、江戸を出て東海道を進むと最初に現れる宿場町でした。旅人にとっては、いよいよ長旅が始まる入口のような場所です。
現在の品川というと、オフィスビルや新幹線の駅を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、少し歩くと旧東海道の雰囲気を感じられるエリアも残っています。
かつて多くの旅人が行き交い、宿に泊まり、茶屋で休み、旅支度を整えた場所。そう思いながら歩くと、いつもの街並みも少し違って見えてきます。
浅草・上野は、江戸時代から人気の観光地
浅草や上野も、江戸時代から多くの人が訪れる人気スポットでした。
浅草寺は、江戸庶民の信仰と娯楽の中心地のひとつ。お参りをしたあと、周辺で食事や買い物を楽しむ人も多く、今の浅草観光に通じるにぎわいがありました。
上野には寛永寺があり、桜の名所としても知られていました。花見、寺社参り、名所見物。江戸の人々にとって、上野や浅草は日常の延長にある身近な観光地だったのです。
現在も浅草や上野が多くの観光客でにぎわっていることを考えると、東京の観光文化は江戸時代からずっと続いているともいえます。
江戸時代の旅から見える、現代観光のおもしろさ
昔の旅人は「目的地までの道のり」も楽しんでいた
江戸時代の旅のおもしろさは、目的地に着くだけではありません。むしろ、道中そのものが旅の大きな楽しみでした。
街道を歩き、宿場町に泊まり、茶屋で休み、土地の名物を食べ、見知らぬ人と話す。馬子から地元の話を聞いたり、道中記を片手に名所を探したりする時間も、旅の一部でした。
現代の旅は、早く・便利に目的地へ行けるようになりました。一方で、移動中の偶然の出会いや、寄り道の楽しさは少し減っているのかもしれません。
最近では、街歩き、サイクリング、旧街道めぐり、ローカルガイドツアーなどが注目されています。これはまさに、江戸時代の「道中を楽しむ旅」に近いスタイルです。
ガイドブックからスマホへ。旅に情報は欠かせない
江戸時代に道中記が人気だったように、現代の旅にも情報は欠かせません。
今はスマートフォンで地図を見たり、口コミを調べたり、動画で目的地の雰囲気を確認したりできます。道具は変わりましたが、「いい場所を知りたい」「失敗せずに楽しみたい」「地元ならではの魅力を見つけたい」という気持ちは、江戸時代の旅人と変わりません。
江戸時代の人々が道中記を頼りに旅をしたように、私たちも今、さまざまな情報を頼りに東京の街を歩いています。
そう考えると、東京の街歩きも少し楽しくなりませんか。
普段何気なく通っている道も、かつては旅人が歩いた街道だったかもしれません。にぎやかな観光地も、江戸時代から人々を惹きつけてきた場所かもしれません。
江戸の旅人たちの足跡を想像しながら東京を歩けば、いつもの街が“ちょっとした時間旅行”に変わるはずです。



