町の由来 「渋谷編(2)」

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鉢山町(はちやまちょう)
中世(1192年~1590年頃)の渋谷村の小字(町や村の中の一区画の名)としてすでに鉢山の地名があったようです。
空鉢(法道)仙人(鉢を自在に飛翔させる法力をもったインド渡来の仙人様)の鉢が飛んできたことに由来するという言い伝えが有ります。
空鉢仙人の存在は不明ですが、こんな話があります。
空鉢仙人は日本に渡ってから法華山(兵庫県)にとどまり、“飛鉢(ひばち)の法 ”をもって民衆の救済にあたっていたそうです。
その所有物は、観音像と仏舎利(釈迦の遺骨。仏の骨)、それに鉄の宝鉢でしたが、この鉢を持って供養を受けていたので、「空鉢仙人(からはちせんにん)」 とも言われました。
大化元年(645)の頃、瀬戸内海を航海中の上納米(官米)を積んだ船が、 たまたま法道仙人より供養を求められたが、拒否したため、仙人の神通力に よって、飛んでいった鉢に従って米俵が仙人のもとへ飛んで来てしまったそうです。
驚いた船長は、仙人のもとへ駆けつけ、仙人に供養して米を船にもどして もらいました。

神泉町(しんせんちょう)
神泉という駅名そのものに神秘的な雰囲気がありますが、その昔、ここには 豊かな湧泉が湧き出ていたそうです。
江戸中期の地誌『江戸砂子』に次の一節があります。
「此処に湧泉あり、 昔空鉢仙人此谷にて不老不死の薬を練りたる霊泉なる故 斯く名付しといふ」ここでも登場する空鉢仙人が不老不死の薬を作っていた霊験あらたかな湧泉から町名が付いたそうです。
江戸から明治半ばのころには霊泉が村民の共同浴場になり、弘法湯と呼ばれて親しまれました。
そこから隣接の円山町に料理飲食の店が増え、花街ができ、現在の盛り場を 形成する一因にもなったそうです。

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