百人町の地名の由来

百人町(ひゃくにんちょう)は、東京都新宿区にある地名。
百人町一丁目から百人町四丁目までの町域を指します。
かつては同じ由来を持つ青山百人町(青山)、根来百人町(市ヶ谷)も存在しましたが、町名の統廃合で姿を消し、大久保百人町に相当する地名が残るだけになりました。

百人町の地名は、徳川氏の家臣・内藤清成が率いていた伊賀組百人鉄砲隊の屋敷があったことから名付けられました。

江戸時代、幕府の下級武士たちは同じ職務で集団をつくっており、これを組と呼びました。
当時、鉄砲を持って戦いに出た集団・鉄砲組の中で、同心と呼ばれる武士たちが百人づついた組を百人組と言い、大久保の鉄砲百人組もこれにあたりました。

同じ組に属する者はまとまって屋敷を与えられたましたが、大久保の鉄砲百人組の屋敷のあったところが、ほぼ現在の百人町1丁目から3丁目にあたる場所でした。

大久保の鉄砲百人組は、その鉄砲術が江戸でも一二を争うほどの腕前であったそうです。