初めての電信

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現代のITの基本は電信である事は容易に想像できると思いますが、日本で最初 の電信はどうだったのでしょうか。

日本人が初めて電信機なるものの存在を知ることになったのは、1854年。
ペリー提督が再度来航したとき、有線電信機を幕府に献上しました。
幕臣はテレガラフ(天連関理府)と呼んだそうです。

1855年には勝麟太郎(海舟)、御浜御殿で和文(現行のものではない)を送信しました。
勝海舟は最初の日本人電信オペレーターということになります。
これから実験や研究が何度も行われました。

そして明治2年、東京の築地運上所内の電信機役所内と横浜裁判所構内間で、日本最初の電報事業が開始されました。
電信の建設は大阪、神戸、京都と全国に広がっていきました。

しかし、建設にあたっては決して順調に進められたわけではなく、建設の途中で電柱に刀を切り付け切断した武士や、夜毎に電線を切り歩く人がでたり、電信機をキリシタンの魔法の様に考えた人など、関係者を困らせたそうです。

またおもしろい話としては電線に頼信紙や荷物をぶら下げる者がいました。
これは一瞬にして目的地に達することのできる電信の効用を、電線を伝わって通信紙や荷物が運ばれるものと勘違いした者の仕業でだったそうです。